木の花ファミリー憲章 – 世界観

概要

宇宙の成り立ちや生命の神秘は、いまのところ科学で完全には解き明かされていません。したがって、それは心を通して認識することになります。

現在、過去、未来、そして全宇宙へと、心はどこまでも思いを馳せることが出来ます。

人間が自らの視点を離れ、この世界をありのままに眺めたときに、一つの大きな法則が見えてきます。また五感を超えた感覚、すなわち直観を通して見出すことが出来る宇宙や生命の姿もあります。私たちがこの憲章で語る宇宙や生命は、こうした方法で導き出したものです。

私たちは宇宙に始まりも終わりもないと考えていますが、ある地点を区切り、そこを「始まり」と見なすことも出来ます。現象をありのままに眺めていると、すべての現象が「想い」という種から生まれていることが見えてきます。宇宙も同じです。「はじめに言葉ありき」と聖書にありますが、言葉とは「想い」のことです。「想い」のみが存在している時点。そこを始まりと見なします。

「想い」は圧縮して爆発し、「相反するもの」を生みだしました。磁石の両極のように、相反するものは惹かれ合い、新たな振動を生みだします。それがこの世界を創っています。

相反する存在により、比較が可能となり価値判断が生まれます。光と闇、善と悪、美と醜、大と小などは比べることによって生まれた価値判断です。

この世界で生かされている人間は「自分」という意識、すなわち自我を持ち、自他を区別するようになりました。それによって所有の概念や欠乏感、そして欲が生まれます。そうした欲にもとづいて、人々が自分に都合の良い世界を作ろうとしてきた結果、人々は病み、争い、自然を壊してきたのです。

自我を通して物事を認識する人間は、こうした現象を「問題事」としてとらえます。それを解決しようと目の前の現象を深く見つめた者は、ある事実に気付いていきます。それは、すべての存在が「想い」から創られているということです。

「想い」はあらゆる価値判断を超えた善意と愛、そして調和から成ります。これは自然界から教えてもらえる事実です。自然界では、お互いの存在が生かしあっています。これは利他の精神の顕れです。善意により繋がり、愛が生まれ、愛により絆が生まれ、調和をもたらしているのです。悪、醜、偽、欲、貧など、この世でマイナスの価値を与えられている事柄も、すべてはこの「想い」、善意と愛と調和から生まれています。「想い」に立ち返れば、すべてはひとつなのです。

私たちは目の前の「問題事」を通して、この世界を創っている「想い」を認識する道を与えられています。「想い」を認識した時、人は善意と愛と調和に目覚めます。これは心磨きの道です。より多くの人が心を磨くようになれば、世界は善意と愛と調和で満たされていくでしょう。それが、私たちの生きている世界なのです。

ひとつらなりのいのち

人間は自我を持つことにより、「自分」という意識を持ち、自他を分け、「個」を認識するようになりました。そして個体の消滅を死と呼びます。しかし、死と呼ばれるものは、新しい旅立ちです。生命力が身体から抜けると、個体の細胞は解体され、万物の中にちりぢりになっていきます。そして魂もこの世界の本質に戻り、微細になっていきます。それは全体の中に帰っていく美しい瞬間であり、また旅立つことで、いのちの織物は続いていきます。

魂は次元を超えた存在であり、太陽、地球、人間、動植物、そして微生物に至るまで、すべての生命は魂を持っています。その魂は「想い」そのものです。そして、「想い」はこの世界を生み出した元の「光」から出来ています。すべての存在は「光」の子であり、すべてのいのちは「光」によってつながれた家族です。

自然観

大自然は「地水火風空」の五つの要素から成り立っています。聖書に描かれた世界の創造が「光あれ」で始まるように、すべては「火」、つまり太陽の光から始まります。

太陽の光は海を暖め、雲を生み出し、雨を降らせ、気圧の変化で風を呼び起こします。大地は太陽の光と雨で植物を育み、風はそれを鍛え育てます。植物は食べ物となり、住処となって動物たちを養います。こうして、地表は豊かな緑で覆われ、動物たちが栄えて、いのちの活動、すなわち「気」が地に満ちあふれます。

満ちあふれたいのちたちは、互いの存在を必要としあっています。たとえばシマウマは草を食べ、ライオンはそのシマウマを食べます。その死骸や排泄物を小動物や微生物たちが土に返し、それを養分として草が育ちます。いのちといのちの織物の中、生命は他の生命へと変化し、受け継がれていきます。いのちは決してなくなることはなく、この世界に死は存在しません。

宇宙の暗がりに青く輝く地球。いのちが満ちあふれる星。善意と愛でつくられたこの調和の世界を、人間は自らの都合で作り替えようとしてきました。

自然は循環と調和によって成り立つひとつらなりのいのちです。すべての存在は光から始まり、私たちは皆、光の子として存在します。そのことに気付き、自然に顕された利他の精神に倣うことで、私たちの生活もまた調和を取り戻し、いのちの美しさで満たされるでしょう。

循環の中の暮らし

すべての生きものと同じように、私たちは自然の一部であり、自然に生かされている存在です。自然界では必要なところに必要なものが過不足なく行き渡る完璧な循環の仕組みが成り立っています。そこに貫かれているのは互いに生かし合う利他の精神であり、善意と愛からなる調和です。

一方、自我を与えられた人間は「個」としての意識を持ち、自他を区別するようになりました。自然の一部としての認識を失い、つながりから切り離された人間は、いつしか自然を支配の対象と見なしていきます。孤独や不安から必要以上のものを求めるようになった人間の心は、すべての生命に平等であるはずの循環の仕組みに大きな歪みを生み出しました。この歪みは世界に自然破壊をもたらし、飢餓や貧困を作り出しています。

こうした現状に対する取り組みがエコビレッジの暮らしです。エコビレッジは自然に沿った生活の仕組みを大切にします。自然に学び、その利他の精神に倣った暮らしは、人と自然とのつながりを回復させ、人と人との信頼関係を取り戻し、人が自然の一部として生かされていることを思い出させてくれます。

エコビレッジの暮らしが人々にもたらすものは、いのちのつながりの中で生かされている安心と幸福感です。海、山、農村、そして、都市と、これからさまざまな場所でエコビレッジが生まれていくでしょう。そのつながりが世界中に広がれば、善意と愛から生まれる循環が私たちの生活を真の豊かさで満たすに違いありません。