木の花ファミリー憲章 – 家族

概要

私たちのあり方をあらわす言葉は、「血縁を越えた大家族」です。

一般に、家族は「血縁で構成され、日常生活を共に営む集団」と定義されています。社会の中で、家族はもっとも近いいのちのつながりを表していると言えます。一方で、人間はいのちのつながりを血縁の遠近で分けて、家族という枠組みを作っていると言うこともできます。

いのちはその本質として、互いにつながり、活かし合って、ただひとつの宇宙を創りあげています。すべての存在は光の子であり、ひとつらなりの大きないのちです。家族の本質をいのちのつながりとするならば、すべてのいのちはひとつの大きな家族です。それが、この世界を創造し、ひとつに束ねている意志のあらわれです。

その意志が純粋に表されているのが、自然界です。自然界の仕組みにもとづいた生活を実践したとき、人々は血縁という枠を越え、新たな家族を創り出して絆を深めていきます。多様な人々が集い、調和し、それぞれの個性を花開かせる場所。善意と愛をもって互いを活かし合い、支え合って生きる暮らし。それを実践しているのが、木の花ファミリーの暮らしです。

それは、自らが思い描いて実現する暮らしではありません。この世界を創った意志に寄りそい、すべてを委ねて初めて実現する暮らしです。これからの時代、その想いは血縁を越え、人々の作りだしたあらゆる境界を越え、大きな「家族」を形づくってゆくでしょう。やがて世界がひとつの家族になる日を想いながら、私たちは自らに与えられた役割を日々淡々と果たしていきたいと願っています。

本質的な平等

木の花ファミリーは全体としてひとつのいのちを構成し、すべてのメンバーはその一部として欠かせない役割を担っています。性別や職種といった社会的な役割や能力の違いを超え、誰もが互いに対等であり、完全に平等です。

大自然の中で、すべてのいのちは互いに生かしあって存在しています。いのちはそれぞれの個性に応じた欠かせない役割を持ち、互いに対等です。一方、自我を持ち、自他を比較する人間の心は、本来平等であるはずの人々の関係に格差や支配をもたらしてきました。
そこから生まれるさまざまな問題を解決しようと、人間社会は法にもとづいた形式的な平等を作りだしてきました。しかし、こうした方法は、本当に人々の個性を花開かせ、平和な社会をもたらすのに十分なものでしょうか。

私たちは、人間が真の平等に至るには、いのちの本質を見据え、その姿にならう必要があると考えています。自然の営みをある限られた視点から見ると、そこは互いの生存をかけた競争の世界にも見えます。しかし、より大きな視点で見れば、自然はいのちのバトンタッチで成り立っており、すべては循環していることが分かります。その視点に立ったとき、人はいのちが持つ本質的な平等を見出すことができるのです。

私たちは不平等を生み出す心を日々の暮らしの中で見つめあい、手放すように心がけています。皆で語り合い、自らの心の枠を広げることで、他によって生かされ、他を生かす存在としての自分に気付くことができます。そして、自らの役割に対する自覚とともに、他の存在への感謝の心が育っていくのです。

あなたはわたし。わたしはあなた。つながりの中で生かし合うこの世界で、すべてのいのちはひとつであり、本質的に平等です。互いを尊重し、信頼しあう暮らしの中で、私たちの絆はいのちの本質に限りなく近づいてゆくのです。

ファミリーメンバーとは

木の花ファミリーは「血縁を超えた大家族」として人々が生活を共にする共同体です。人々は自然の仕組みにならった利他の精神で互いを生かしあい、善意と愛により調和した暮らしを作り出しています。ファミリーメンバーは、生涯こうした生き方を実践する志を持った人々です。

木の花ファミリーはひとつの共同体であり、独自のライフスタイルと文化を持っています。共同体がひとつの生命体であるならばひとりひとりはその細胞や器官であり、それぞれの個性に応じた役割を担いながら全体を構成しています。共同体の運営に必要な資産、個人の能力や健康、時間や労力、そこから産み出される新たな価値は、個人のものであると同時に全体のものでもあります。ひとつらなりのいのちとして、私たちはすべてを共有して暮らしています。

生命が常に変化しつづけるように、新たな個性や能力を加えながらファミリーは進化し、その可能性を広げていきます。タンポポの綿毛が風に乗って飛び立ち、新たな地に降りたって根を張るように、こうした生き方はこれから地球上のさまざまな場所に広がっていくでしょう。それは普遍的なものであり、地球の意志の表れです。その意志にすべてを委ね、いのちのつながりに沿った生き方を実践する志こそが、ファミリーのメンバーであることの本質です。

パートナーシップ

この世界は一つの「想い」から創られています。この「想い」は世界に多様性をもたらすと同時に、世界を一つに束ねています。すべての生命が繋がり、生かし合う自然の仕組みはその表れであり、自然界にある多種多様な関係はすべて対等です。

自然界を手本とする木の花ファミリーの中には多くのパートナーシップが存在します。力を合わせて同じ役割を果たす関係、異なる役割で互いを補完しあう関係、愛を育む男女の関係、親子関係など。そのどれもが等しく大切な関係であって、上下も優劣もありません。誰にとっても全員がパートナーであり、みんなが善意と愛によって繋がることで、一人が全員のために、全員が一人のためにという関係が生まれます。

すべてが等しく重要な関係の中に、とりわけ縁の深い関係があります。その一つが愛を育む男女の関係であり、ここから新たないのちが生まれ、血縁がもたらされます。すべての関係が学びの機会となりますが、縁の深い関係は所有や束縛、執着の感情を引き出しやすく、より深く互いを振り返る機会となります。こうした感情に捉われず、善意と愛で互いに生かし合う関係を成り立たせることで、パートナーシップは全体に対して開かれ調和をもたらすようになります。そして、個々のパートナーシップのもたらす調和は全体に広がり、大きな調和を紡ぎ出します。

こうして紡ぎだされた調和は、みんなが安心して暮らしていける仕組みの基礎となります。みんなが一つになることで、将来や生活に対する不安のない場が生まれ、パートナーシップは善意と愛に満ちた純粋なものになっていくのです。

子ども

血縁を超えた家族の絆の中で、愛を育む男女の縁は新たないのちを誕生させ、いのちの伝承を継続させる役割を担います。

子どもは肉親の子どもであると同時にファミリーの子どもであり、社会の子どもです。大人は血縁に関わらずすべての子どもたちに分け隔てのない愛情を注ぎ、子どもたちはすべての大人を親とし、互いを兄弟姉妹として育ちます。

大人は役割として子どもを教え導きますが、子どもは大人の姿勢を写す鏡であり、その姿を通して大人も育てられます。子どもはメンバーの一員であり、ファミリーの中で役割を担うものとしておとなと対等です。

ファミリーは自由意志で参加する人によって構成される、社会に開かれた共同体です。子どもたちが自ら生きる道を選択するまではファミリーで育てますが、その後の選択は完全に自由意志に任されています。私たちは子どもをいのちのつながりの中で大切な役割を担うものとして育て、社会に送り出してゆきます。