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木の花のたより31章

 夏の大きな台風を免れ、田んぼは稲刈りが始まり、畑は秋の実りの収穫や冬野菜の種まきなど、農作業は目白押しですが、夕陽に輝く赤米の稲穂や、もうすぐ可憐な白い花が一面になびくそば畑の自然の美しさは、忙しい中にも心を豊かにしてくれます。
みなさん、お元気ですか。

 9月になって、外は虫の声がにぎやかですが、家の中もにぎやかです。9月4日に郷子ちゃんが女の子を出産し、先に生まれた1才2ヶ月の美乃利ちゃん、5ヶ月の美琴ちゃん、生まれて間もない喜代美ちゃんの、赤ちゃん三重奏です。小学生の子供たちが、おむつやお風呂、離乳食、子守りと代わる代わる世話をしてくれ、大いに助かり、子供たちの成長を感じます。
 木の花には色々な人が訪れますが、最近は心身のケアーを求める人たちが増え、来客者名簿の他に長期、短期と、ここで生活を送る人たちの「ケアー記録ノート」のファイルも増えていきます。自律神経失調症、そううつ病、心身症、ノイローゼ、拒食症、過食症、統合失調症、人格障害、パニック障害、トラウマ(心の傷)など、思い浮かぶ他にも、どれだけ心の病の名前があるでしょうか。
東京でコンピューターの仕事をしている勲ちゃんは、ストレスや、緊張から、病院やカウンセラーにかかっていましたが、心身を健康にする為に、仕事を休み、2ヶ月半滞在し、青白かった顔が日焼けして元気に会社に復帰しました。来客者名簿のメッセージには、「長い間悩んだ心の重荷はすべて、自分の作り出した幻であり、不要のものであった。」と書き残しました。その後は、近況報告や、顔を見せてくれたりしますが、その勲ちゃんはもうケアーの対象ではなく、親しみを込めて話のできる家族の一員です。
 孝ちゃんは20才から15年間精神科の薬を飲み続け、最近は、引きこもり気味の生活でしたが、木の花に来て、ここの生活に慣れてくると、今までを振り返ることができ、「家では母親に依存し、病気のせいにする自分だった。」と言い、わずか3週間の内に薬もたばこも、完全に断つことができ、「頭がボーっとするからだめだ」と言って会話や仕事をすぐに中断しようとしていた初めの頃の孝ちゃんはどこにも見当たりません。次の段階は近い将来、社会復帰できるよう、ここで就職活動をしながら、心も体も、もっと自信が持てる様、トレーニングをしているところです。
 広島で、会社経営に行き詰まり、精神病院の隔離病棟に入院していた修ちゃんは、そこから木の花に身を移し、食事療法、農作業、薬断ちなど、積極的に取り組み、1ヵ月後には、ケアーを卒業できるまでになり、一時帰宅することになった日の朝、「夕べはすごく、気持ちのいい眠りでした。」と、顔を合わせる人たちに嬉しそうに声をかけて出掛けましたが、家に帰って現実の厳しさに出会うと、又、睡眠薬を飲み、そこから逃避しようとする修ちゃんに、たった3日で戻ってしまいました。家族や仕事のしがらみから離れて、ここでの生活で得られた心を、もとの環境に戻っても保つことの難しさと、逆戻りしないことの大切さを私たちは再確認しながら、出会う人のすべてを救い出せない現実はまた、私たちを育ててくれるものでもあると受け止めています。
 もう一人、非行三昧をし、札付きの生徒として、嫌われる存在になり、学校へ行けなくなってしまった中学3年の黎奈ちゃんは、今までの自分を変えて、中学を卒業するために、木の花で預かり、ここの地元の中学校へ、9月の新学期から転校生として通うことになりました。私たちの思い以上に校長先生や担任の先生、新しい友達に恵まれ、有り難い事です。9月17日の運動会では、クラスの仲間とスクラムを組んで声をあげたり、大きな旗を振って応援したり、そんな黎奈ちゃんの姿を見つけては目を細める木の花の大人たちは、すっかり親ばかになっていました。黎奈ちゃんのこれからはまた、おたよりで伝えたいと思っています。
 こうして農業を基盤に、仲間と助け合って暮す大家族の生活の中に、心と体の病気が治っていく要素があることについて、「木の花の自然療法」として、ホームページに新しく立ち上げようと、今、作成中です。何かのお役に立てば幸いです。
 夏休みには「高校一年さわやか旋風が通り抜けました。県立富士宮西高等学校が、ニート(無職)の若者が増え続ける中、その対策として、「インターンシップ」を名づけた「一日職業体験の日」を設け、木の花には、1回目は野球部、2回目は応援団の1年生が、朝8時から夕方5時まで農作業を手伝いました。午前と午後の農作業でのおやつと、お昼ご飯という他の職業体験にはない得点付きです。挨拶や会話、仕事のどれもさわやかで、野球部の食べっぷりの豪快さには唖然でしたが、それさえもさわやかでした。又、応援団の生徒たちはお坊さんのたまごで、心の話もでき、それも良い時間でした。帰る時には、野球部が整列をして校歌を歌ってくれ、この生徒たちからは汗の匂いはしても、ニートの匂いは少しも感じられませんでした。「さわやか旋風」は私たちに、その若い芽が伸びていくようにという思いを残していきました。
 木の花の子供たちの夏の思い出の一つに「へびとすずめのラヴちゃんのおはなし」があります。小学校で、親から離れて、弱っていた雛鳥を家に持って帰り、元気になるよう一生懸命、餌付けをして、次には、自分で食べられるよう、鳥かごに入れて、世話をするつもりの矢先に、家の上がり口に置いたその籠にへびが入り、気がついた時にはラヴちゃんを飲み込んで、体がふくらみ、籠から出られずにいるところでした。学校から帰ってきた子供たちはそれを見て、「もう少しで飛べるところだったのに。」と、ラヴちゃんがかわいそうで、涙を流す子供たちに「少し前、庭に出したら虫を食べたんだよ、と嬉しそうに話したそのラヴちゃんを、へびは同じ事をしただけなんだよ。」と話し、へびを逃がしてやりました。「それはそうなんだけど」とかわいがっていた時の思い出の方が大きくて、子供たちの方からはそのあとは続きませんでしたが、夜になって「この憎っくきへびよりも人間の方がもっと動物や、自然を苦しめているんだよね。」と、子供達と話し合いました。又、もっと大きくなった時、この事を思い出して考える事があるかもしれません。

 最後になりましたが、「まことの家」が完成し、8月21日、ささやかに開所式を行いました。体の不自由な淳さんと三枝子さん夫婦が私たちを心の支えとして名古屋からこちらに移住した思いは、先回のおたよりで書きましたが、これからは、この家の管理人として預けられた鍵は「心の鍵としてみんなの為に広く使われ、継がれていくでしょう。「まことの家」の詳細は別紙の案内をご覧頂き、みなさんも一度遊びがてら訪ねてみて下さい。

 夏も終わり、季節がめぐる様に色々な出来事が通り過ぎていき、いつもの事ながら、おたよりには書ききれませんが、私たちは、いくつもの、道しるべをいただき、仲間と共に、この道を歩んでいける事に感謝します。


 では、富士山の麓より、みなさんの健康と平和で安穏なる幸せな世が訪れんことをお祈りしています。


         平成17年 9月中旬