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木の花のたより33章
 「権兵衛が種播きゃ烏がほじくる、三度に一度は追はずばなるまい」この唄は村人の中から生まれ、昔から言い継がれていますが、先日、落花生の種蒔きの準備の時の事、種を播く穴の開いたビニールマルチを土に張ったばかりのところへ、「それいけ」と飛んで来た烏。ほじくっても、ほじくっても、土ばかり。「あれれ?」と首を傾げたかどうかは知りませんが、あわてん坊の烏さんに「残念でしたね」と笑ってしまいました。今は夏野菜や田植えに向けて農作業に励んでいます。みなさん、お元気ですか?

 今年の一月〜三月に、月一回、木の花農園が母体の「NPO法人・青草の会」主催で「有機農業実践講座」が開かれました。これは富士宮市民協働(市民と市が対等の立場で共に考え行動し社会の向上を目指すもの)の中で企画されたNPO団体活動普及事業の一つとして実施されたものです。予想以上の大勢の方と、広く神奈川、愛知、山梨など、県外の方も参加してくださり、内容も充実し、今後の市政と農業の関わりに良い課題をもたらし、又、今回の講座が終わっても希望者が集い、月一回の勉強会を行ってこの活動が継続される事にもなりました。土を大切に思い、作物を育てる事は個人の楽しみや、安全な食を求める事だけに終わらずこの事は、社会づくりも担っている事として、みなさんと共に有機農業の意義を学び合っていきたいと思っていますので、興味のある方は声を掛けて下さい。私たちは大きな自然の前では未熟なものですが、日々の経験をもとにお役に立てばと思っています。

 一月十九日、静岡新聞の夕刊に心身のケアーである「木の花の自然療法」について掲載していただき、その問い合わせや見学者の方が今もあります。その中で佳子ちゃんがここに来てから一ヶ月になりました。うつ病など、心の病と言われる人達に共通している事の一つに、いやな事、つらい事から逃げる心があります。佳子ちゃんは自分もその一人だとここに来てから認める事ができました。自分を変えようとしている彼女を応援しています。

 以前、ケアーの為に、会社に休暇願いを出し、二ヶ月木の花で生活し、会社に復帰した勲ちゃんが、再び、心因性の体の不調を訴え、自分ではどうにもならないと、ここに助け舟を求め、会社も辞めようというところまで考えが及んだのですが、それが意外な展開になりました。青草の会として木の花のすぐそばに設立した「まことの家」に引越し、在宅勤務という会社としては得例の扱いで、今まで通りコンピューターの仕事を続ける事になり、富士山が窓から見える二階の一室を仕事場にして、東京の一人暮らしのアパート生活から、まことの家の管理人である淳さんと三枝子さんと衣食住を共にする生活が始まりました。会社の休みの日は一緒に農作業をし、毎晩、木の花のミーティングに加わります。勲ちゃんの求めた助け舟より遙かに大きな「学びの環境」を与えてもらい、前にパニック障害という病名で薬や病院に頼っていた自分が、今は人の為にも存在していると感じられるようになったのは幸せな事だと思います。先の事はわかりませんが、今は与えられたものに感謝して生きることではないでしょうか。

 「あなたは中学校の全過程を修了したのでこれを証明します。」静粛な空気の体育館で転校生だった黎奈ちゃんの名前は一番最後に呼ばれました。この日が迎えられる事を希望にもって、去年の九月から半年間木の花で生活しながら、この地元の中学に通い、三月十八日の卒業式と同じ日に木の花も卒業して、親元に帰っていきました。転校する前の学校では、自分の所為で行きづらくしてしまい、二年からはほとんど不登校だったのが、こちらでは一日も休まず、中学を卒業できるだけでもと思っていたのが、高校まで他の生徒たちと足並みを揃える事ができたのは思い以上の事でした。誰という特別な人の力ではなく、心良く受け入れ接してくれた先生方や生徒たち、そして家族と木の花の仲間たち、みんなの合作でした。学校が始まりどうですか。黎奈ちゃんの新しい制服姿を想像しながら、目標をもって高校生活が送れる事を願っています。

 もう一人の卒業は、木の花で生活する中で、これからの進む方向を見つけようとやって来た創志君です。ここではみんなと共同作業をする他に、持ち合わせている得意な点を発揮し、時として、人を楽しませてくれたり、役立つ存在だったりと順調に見えるその奥に心の古傷やマイナスな心のくせがそのままになっているのが気がかりになっていました。三ヶ月半が経ち、就職活動の為に二日後には帰ると、夜のミーティングで聞いた時には引き止める事も、晴れた心で送り出す事もできない。それが私たちの正直な気持ちでした。創志君は部屋に戻ったあと、眠れない夜を過ごしたそうです。その時間の中で自分ができていると思っていたのは、まわりが用意してくれたからであって、自分の力ではなかった事や、ここでも「創志辞典」と言われていた「もの知り」をアピールする事についても、中学の時「いじめ」にあった時からの自分を守る手法だったと気がついた事など今までを振り返った事を次の日に話してくれ、三ヶ月半の学びは最後の一夜に集約され、心が足りない自分を知った事、それが創志君のここでの卒業になりました。朝の内に出発すると言うのを「二時八分にしたら・・・」と誰かが言い、みんなも「そうだそうだ」になって、そのバスに乗って帰って行きました。それは、みんなが揃って見送る事のできる時間だからです。卒業には、みんなで分かち合うもの、独り心の内でするもの、色々な課題からの卒業。そして、誰もが必ず卒業できるが、その日を人は決める事ができないもの、それは死をもって、この世の人生を終わる日、その最後の時に気づく心---それが一人一人にふさわしく与えられる卒業証書なのかもしれません。

 文末に添えられた絵は今年一月中ごろから長期滞在の予定で農業や心の勉強に来ている有(有貞)君が木の花のキャッチフレーズを挿し絵に書いてくれ、木の花の二階のベランダの壁にも看板として掛けられました。この春で木の花は十三年目を迎えましたが、この言葉は何年経ってもいつも新鮮に心に投げかけてくれるものです。

                愛とお米があればいい

 では、富士山の麓より、みなさんの健康と、平和で安穏なる幸せな世が訪れんことをお祈りしています。

          平成十八年  四月中旬