木の花のたより35章
 明けましておめでとうございます。
 みなさんの初夢はいかがでしたか。新しい年、二〇〇七年、私たちの夢はふくらんでいます。そして、それは実現に向って進んでいます。
 先回のおたよりで、少し紹介した「よしどん」と去年の夏に出会い、共に暮らすようになってから新しい風が吹きこんで新しい取り組みが始まりました。そのよしどんのことを少しお話します。
 学生の時、通学電車の中で見る大人たちが幸せな顔をしていないことが心に留まり、二十一才の時、自分で会社を創り、まわりの人たちが楽しく、上下関係がない社会を望んで、その経営に努めました。しかし、その夢は叶いませんでした。でも、人のことも、自分のことも同じように思いながらその中で、役割を見出して、生き生きと暮らしてゆくことへの思いは消えることなく、環境にやさしい新しい村づくりの活動を東京でしていました。
 そうした中で、私たちと出会い、ここの生き方に確信を持ったよしどんはここに移住して、「いのちの村」と名付けた活動をしていくことを決意しました。それからというものは、まっしぐらに向かって進んでいます。
 そして、もう一人、よしどんと共に主力になって取り組んでいるのは勲ちゃんです。彼のことは、おたよりで二度書きました。初めは心身のケアーのために来ました。ここの生活で回復し、職場復帰しましたが、又、元に戻ってしまい、再びケアーにやって来ました。今度は会社の配慮をもらい、「まことの家」(木の花農園が母体の青草の会で設立)で暮らしながら在宅勤務で、会社勤めを続けていました。
 まことの家の管理人である淳さんと、三枝子さんとの共同生活の中で、色々な学びをもらい心が成長していきました。そして、去年の秋、会社を退職し、木の花のもとで暮らしてゆくことを選択してからは、勲ちゃんに色々な役割が自然に与えられ、みんなに愛されて、ここでは、なくてはならない人になりました。コンピューターのプログラマーという今までの仕事を活かして、色々な企画や、パンフレット作りなど、得意な分野で活躍しています。勲ちゃんが書いた「いのちの村」構想のホームページを、ご覧になれる方は開いて見て下さい。
 「いのちの村」の具体的な計画として、農産複合施設「みこと」(仮称)が木の花農園から歩いて一分の所に建設予定地があり、本年中に完成の予定です。食堂では無農薬の食材を使った食事ができ、ここでは音楽を奏でたり、講演会や上映会など、多目的ホールでもあります。二階は、宿泊施設があり、滞在しながら、農業体験や心身のケアーを受けることができます。
 このことは、木の花農園の生活の中ですでに行われてきたことですが、年々、訪れる人が増え、受け入れ体制も限界が生じてきたところで、この施設ができることによって、多くの人たちに私たちの心や暮らしを伝えていくことができる場を与えていただけることになったのです。四年生の須佐は、お誕生日に、「須佐の夢は何?」と聞くと、「よしどんの夢が叶うこと」と言いました。むずかしいことはわからなくても、このことが大切なことだと子ども心にも感じられるのでしょう。これは、一人の夢ではなく、みんなの夢でもあるのです。また、次のおたよりで進行の様子をお知らせします。
 もう一つは、「まことの家」の二号館も建築が去年の末から始まっています。共に暮らす仲間 たちが増えてきたからです。三月には完成の予定です。自分の子どもの様な若者たちや、色 々な人たちに囲まれて、体の不自由さを越えて元気な淳さんや三枝子さんの顔を見ることは 私たちの幸せでもあります。
 最後にもう一人、去年の春のおたよりで、木の花のキャッチフレーズ「愛とお米があればいい」の挿絵を書いてくれたあり君も、自分の生き方を見つけようと木の花に来て一年になりますが、ここで生きていくことに心が定まり、充実した毎日を起こっています。そのあり君が今度 は唄を創ってくれました。単純な詩と曲で、みんで手をつないで輪になって唄いたいです。

  あいのうた

  なにもかも すべて あいをしるため
  なにもかも すべて あい
  なにもかも すべて あいだから
  なにもかも すべて あい
  あいがあふれて うたになる
  あいがあふれて うたになる
 
 私たちは、いろいろな人柄や個性のある人たちと出会いをもらい、たくさん教えられることや 発見があります。その一人一人の持っている個性の花が開くような土づくりのために、また一 人一人が役を演じられる舞台づくりのために、私たちの十三年の歩みがあったのだと、最近  吹いた新しい風に、そう思うようになりました。
 これからも、人のためにありたいと思っています。
 では、今年もみなさんにとって良い年でありますように
 
 平成十九年 元旦