自然療法プログラム体験記 ー Nちゃん

トラウマは乗り越える為にある!!

Nちゃんのケア滞在卒業の挨拶
〜 どんな時も笑顔でいたい 〜

自分は鬱気味でした。ずっと死ぬ事しか考えられなかったし、電車に吸い込まれそうになって、子供に「ママ、死なないで!」と止められるくらい、生きる気力がありませんでした。生きる意味は子供のためだけ・・・。そんな時に木の花と出会って、コンサートを聞いて、「私の理想としている社会がここにある」と思い、涙が止まりませんでした。いさどんと話して「ケアで来た方がいい」と言ってもらい、いさどんの温かさが胸に染みました。それで、2月20日からケアでお世話になる事になりました。

自分から来たのに、来た当初は全てが嫌で帰りたかったです。お風呂は電気を最小限にするから暗いし、お湯だって少ない。頭を洗うのに石鹸なんてあり得ないし・・・。何より常に皆に監視されている気がしたし、寝る時までケアサポーターのゆみちゃんと一緒。絶望的!!心が休まる場所がないし、ここにいるからって何がどうやって変わっていくのか見当もつかず、先が見えなさ過ぎて真っ暗でした。

そんな時にちなっぴと外の作業に出ることになりました。ちなっぴは、「Nちゃんがヤマギシの学園で経験した事は財産で、今後とっても役に立つね。傷つけられる経験もして傷つける経験もして、双方の気持ちがわかるって事だもんね。凄いよ!!いや~これからが本当楽しみ!!輝く原石見つけた♡って感じ」と目をキラキラさせて言っていました。私はヤマギシの時の写真はビリビリに破って捨てて、その時に過去も一緒に捨てたからもう関係ないし、原石でも何でもないけど、昔の嫌な私の姿でも引かずに一生懸命聞いてくれたちなっぴの姿がとっても嬉しかったです。

その後、こまねち達がいる田んぼへ行ってお茶をしました。「皆に監視されているようで嫌だった」と出したら、こまねちが「そんなふうに思わせてしまっていたのなら、僕達も謝らないといけないね。僕はNちゃんと直接話した事はなかったけれど、いつもNちゃんの事を祈っていたよ。皆もそうだと思う」と言われて、「木の花の人達って何者なの~??!!」とビックリしました。自分の問題だと思っていたのに、皆自分の事として受け止めてくれていて、「世の中にこんな凄い人達がいるんだぁ・・・」と感動し、私の中の何かが少しずつ動き始めた気がしました。

過去の自分・・・。「そこにトラウマがある」といさどんは言っていました。私は小学校2年生でヤマギシに入ったけど、お母さんと離れたくなかったし淋しくて、よく一人布団の中で泣いていました。ヤマギシの頃の思い出は消し去りたかったです。大人達は「全人幸福」「仲良い楽しい村」とか言って一生懸命だったけど、子供達の事は全然見てはくれませんでした。生きるのに必死でした。いじめいじめいじめ・・・。いつ自分の居場所がなくなるか分からない毎日で、今日の友達も明日には敵になっているかもしれない・・・。人の顔色ばっかりうかがいながら生きてきました。いつしかいじめられる側からいじめる側にまわり、自分の居場所を確保するようになっていました。「助けてください。」心の声は大人の人には届きませんでした。大人になっても人の笑い声が怖かったり、話し声が気になって気になって仕方がありませんでした。木の花に居てもそういうふうに感じていて、とうとう木の花でヤマギシを思い出してしまう出来事が起こりました。ケアで滞在していたYちゃんとの事です。

Yちゃんは1週間私より早くケアで来ていたので、心の面などでも色々とアドバイスをしてくれていました。そのアドバイスが私を逆に混乱させるのではないか、という話になって、陽子ちゃんがYちゃんに伝えてくれました。Yちゃんも「Nちゃんに『もうすぐ帰れるんじゃない??』と言われるのが負担」との事でした。
それからYちゃんに話しかけてもそっけなくて、私を避けていてそれがあからさまだったので、必死にYちゃんの顔色をうかがって話しかけたりしたけど、Yちゃんは変わらず私を避け、他の人とは楽しそうに笑っていました。その光景を見た時に学園時代と重なり、「Yちゃんの周りにいる人は明日から私に冷たくなるんだろうな・・・」と思うと、皆が居る1階に降りられなくなり、部屋に引きこもりました。部屋をノックする音が何回も聞こえました。怖かったです。学園時代、保健室で寝ていても周りの子に「仮病使ってんじゃねーよ」って叫ばれたりして寝かせてもらえませんでした。木の花とヤマギシを重ねてしか見れなくなっていた私は「何を言われるんだろう・・・」と寝たふりもしました。でも、木の花の人達の言葉はどれも暖かったのです。「寒くない??」「おやつあるよ」「ゆっくり休んで」そしていさどんは「ここはヤマギシと違うんだよ。違うよ」と言ってくれました。
少し冷静さを取り戻し、「ここはヤマギシではない・・・。」でも、やっぱり1階へ降りる事は出来ませんでした。夜、中学生のスサ君が励ましに来てくれました。「中学生にまで心配をかけている自分なんだなぁ・・・」と情けなくなったと同時に、スサ君の優しさに心が救われ、「よしっ!!何があってもこの先引きこもりはしない!!」と心に決め、木の花は子供も大人も本物の大家族なんだと改めて強く感じました。
1階に降りて皆と接して、驚いた事がありました。それは前より、木の花の人達を愛しく感じる自分がいたからです。そして、気付きました。「私はYちゃんの事も大好きで大切。本当にYちゃんを大切に思うのであったら、自分の気持ちや行動を押しつけるのは間違っている。今はYちゃんの気持ちを尊重してあげるのが本当に人を想うって事かな」と思い、夜のミーティングで出しました。ミーティング後、Yちゃんは「ごめんね。私も同じ気持ちだよ」と言ってきてくれました。「人は色々な思い方、考え方をして行動する。それに振りまわされるのではなくて、自分の気持ち、人を想う気持ちが一番大切なんだな」と思い、ヤマギシの時の一番大きなトラウマが解決され、心がとっても軽くなりました。

もう一つ心のトラウマを解決させる為に、埼玉の岡部実顕地から両親が来てくれました。小さなだだっ子の様に淋しい気持ちをいっぱいぶつけました。母親に言ってもすぐ跳ね返される、受け止めてもらえない、そういう不満に思っていた気持ちも、いさどんから母に話してくれて全て気持ちが伝えられました。今は心から話を聞いてくれます。とっても嬉しい。時間をつくって来てくれた両親には感謝の気持ちでいっぱいです。私の問題が一つ一つクリアになっていく事によって、子供達も可愛らしく人なつっこい子になっていく・・・。親の心は子供が鏡となって映し出している・・・。本当にその通りだなぁと思います。

私が木の花に居る間に大きな大きな地震がありました。沢山の人が亡くなり、今も沢山の人が苦しんでいます。毎日毎日テレビで様子を見ていました。食品や日用品を買い占めてしまい、本当に必要な人も使えない状態だという情報を見てドキっとしました。私も木の花に来ていなかったら、100%買い占める方の立場になっていたと思うからです。神奈川に居る時は全てが不安でした。老後からお墓から何から何まで。そんな私だから物も我先に・・・と買っていたと思います。
木の花では死ぬ事さえ怖い事ではないんだよ、と教えてもらいました。全てに役割がある。陽子ちゃんは地震で亡くなった人の魂を見てきたと言っていました。その魂達は次の行き先を分類事に選んでいたと言っていました。泣いたり、悲しんだりする訳でもなく、ただただ与えられた役割をこなす・・・。地球上に残った人は今なお、泣いたり悲しんだりしています。
いさどんは「これからますます鬱になる人は増えるし、自殺者も増える」と言っていました。それを聞いて「私はどうする?何が出来る?」と問いかけた時、単純かもしれないけど笑っていたいなと思いました。どんな時でも笑顔でいたい。
今、目の前に与えられている事を一生懸命やって心を磨いていたら、少なくとも私からよどんだ空気は出ないはず。私は心のくせを沢山持っています。アクセル踏んでガンガン飛ばして振り返らない。考え過ぎて人に軽く出せない。ムッとしやすい。決めつけから入る。観察力が足りない。支配したがる、などなど・・・。

木の花で1ヶ月半そういう自分と向き合ってきたけれど、まだまだまだまだ毎日毎日色々な自分が出てきます。でも何だかちょっと楽しかったりして、「あっまた出た!」って自分に突っ込んでいます。勉強勉強です。今は自分が好きです。過去の経験も人を想える力をつける為にあった事だと思ったら、とっても有り難く思います。

自分の事を忘れてでも人の事を見る!(いさどん)

自分を活かし、みんなを活かし、
みんなのためと自分のためがイコールになる人生を(陽子ちゃん)

私はまだまだ27歳、元気に羽ばたきます!

最後に、木の花の皆様、本当にありがとうございました。こんなにステキな家族に出会えてとっても幸せです。色々な事に気付かせてくれてありがとう。大好きです。

ケアサポーターのゆみちゃん、色々大変だったよね。ワガママな私を最後まで受け止めてくれてありがとう。

主治医いさどん、本当にお世話になりました。3ヶ月かかると言われていたケア。主治医は大変だったと思いますが、優しく愛を持って見守ってくださり、本当にありがとうございました。

陽子ちゃん、いつも話を聞いてくれてありがとう。今、私が変な事を考えていると頭の中に陽子ちゃんが出てきて可愛い声で、「奈緒♡考え過ぎ♡」と突っ込んでくれています。それくらい、陽子ちゃんに何でも聞いてもらってきたんだなぁ・・・って感謝の気持ちでいっぱい。ありがとう。

ありがとうございました。
 
  
〜 いさどんからNちゃんへ 〜

Nちゃんがここに滞在している間に、日本中がひっくり返るような出来事が起きました。これから、この日本の出来事をきっかけとして、世界中の価値観が変わる時代が来ます。私たちはなぜこういった普通の人たちと違う生き方をしているのか、ということを自分たちの中に問うてきました。ここで育った子供たちも一般社会とここの暮らしの狭間で色々と悩んだり疑問に思ったりすることもあるようです。しかし、いつかこういった生き方が大切になる時代が来るという予感を持っていました。そして、ヤマギシというところに出会い、Nちゃんに出会いました。Nちゃんを通してヤマギシの歴史の一部分を見せてもらいました。その中には暗い部分がありました。今回の地震は新しい時代にふさわしい価値観が必要だということを私たちに教えてくれていると思います。それは一人一人が自分を優先させ幸せを求めていた時代から、皆が支え合い助け合っていく時代が来るということです。

それは当たり前のことです。自然を眺めたら、自然界ではひとつひとつの生き物がバラバラに存在しているのではなく、すべての生き物がつながって成り立っています。さらに外に目を向ければ、太陽系でも銀河でもすべて宇宙の成り立ちはお互いを支え合っています。そういう世界の中にあって、私たちは確実に日々を生かされています。この想いすら、実は太陽の活動の延長に私たちの想いが影響されて、湧き出てきているのです。それは太陽の意志が私たちに反映されているということです。私たちはひとつの生命でありながら、もっとスケールの大きな生命の中の一部分であるということです。そういったことをより理解し、自分自身を中心にして人々が価値観を持って生きていた時代から、そういったものが壊れて新しい価値観のもとに生きていかなければいけないきっかけを与えてくれたのがこの地震だと思います。

ヤマギシという大切な生き方の志のもとにあった村で育ちながら、そのことに沢山の疑問を持ってきたNちゃんは、普通でいったら一生行き詰まって終わっていたかもしれません。それがここと出会うことによって、村で育ったことの大切さをもう一度知ることになりました。Nちゃんはとてもエネルギーの強い人です。ちょっと気持ちが先に走り過ぎるくらいエネルギーが強いので、使い方を間違えると暴走することにもなります。それをバランス良く正しく使えたら、そのエネルギーは大切なものとして世の中や人の役に立てるのです。そういったことをここに滞在し、そして地震を通して自分の中に明快に落としていったのだと思います。

毎日のミーティングで心のシェアをして、心が上がったり下がったりするのを繰り返しながら、大事に気付いていきました。これは人生を生きていく時に色々なことに出会いながら、それを自分の中に落とし学んでいくのと同じ作業です。1ヶ月半の間に一生の間で得る沢山の経験や学びをしたのだと思います。そして、これからはこれを自分だけのものにせず、身近な人たちや世の中のために生かしてもらいたいと思います。自らのことをまずは置いて他者のために生きることを「菩薩行」といいますが、それは優れた人の生き方です。ぜひ、そういった生き方をしていってもらいたいと思います。

そういった中で、Nちゃんの中に隠し事のない何でも話せる村をつくりたいという志が湧き上がってきました。それは色々なところで色々な形でその志を表現することが出来ます。人が生きることは自らの人生に自らの心が反映されます。出会うものに対して悲観的に捉えればそれが反映された人生になります。これからはまわりに対して起きる自らの感情が自分を表わしている(この世界は鏡である)ということを知って、それを生かしていってもらいたいと思います。それが出来ると、あなたは人にとって良い指針となることが出来ます。

Nちゃんは今まで持っていた感情や想いをここで正直に明かしてくれました。その結果、私たちも色々な経験をすることが出来ましたし、そこから学ぶことが出来ました。良い出会いだったと思います。普通は、「これからは社会に出て自分らしく生きていってください」と言うところですが、Nちゃんとは改めて、新しい生き方としてこれから私たちがつながっていく始まりなのだと思っています。

今日は卒業式ですが、そういう意味では新しい生き方の入学式でもあります。私たちも色々と勉強させていただいたということで、本当におめでとうございます。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。